第13章 雑踏警備
さて、また失業してしまった俺だが、今度は警備会社で働いてみようと思った。
当時の俺は、警備員とやらが、どんな仕事をしているか分からなかったが、チョットその世界を見てみたかったのだ。
そういえば、高校の同級生が映画『ボディガード』を観て(ケビン・コスナーのやつね。)感化されて「ガードマン」の仕事を見つけたと言って喜々としていたが、それは違うだろうと思った。
さすがにボディガードとガードマンの違いくらいは俺でも分かる。
しばらく後に、その同級生と会った時、ガックリと肩を落としていたっけな。
イメージしていたのと、まるで違っていたのだろう。
さて、面接でまたしてもアッサリ採用された俺は研修を受ける事となった。(アッサリ採用された事に嫌な予感はしていた。)
研修時間は法律で決まっているとの事だったが、どう計算しても研修時間は短かった。
どうやら実際の現場で働いている時間も計上していたようだ。
このやり方が合法かどうかは知らないが。
研修では、警備業法を教わった。
法律の学習は楽しかった。
その後、制服を着せられ、敬礼やら回れ右やらをやらされたのだが、これは退屈だった。
なにしろ制服を着た自分がオモチャの兵隊のように思えて滑稽で恥ずかしかったのだ。
所詮は素人だ。厳しい訓練を受けた自衛官でも警察官でもないのだ。
まるで警察官ごっこだ。
それと護身術なんて講義もあった。
警棒を持って振るのだが、これは警察官の警棒と区別するために、警戒棒と呼ばれるとの事だった。(強度も劣るらしい。)
まるで、軍隊を自衛隊と言い換えているかのような言葉遊びだ。
くだらないと思った。
そして、現場ではこの警戒棒は持っていないと言う。
はて、じゃあ何の為に振らせたのか。
甚だ疑問の多い講義だった。
研修を受ける中で、警備業にも種類がある事を知った。
俺が採用された会社は雑踏警備の会社だった。
これはイベント会場とかの警備の事を指すらしい。
さて、座学を中心とした研修は今日だけで終わりで、明日からは現場だと言う。
実務的な事は何も教わっていないのだが。
現場初日、某大学へ向かった。
大学敷地内で行なわれるイベントの警備だそうだ。
俺は事務所へ入って挨拶をした。すると、
「声が小さい!」
とやたらデカイ声で怒鳴ってきたハゲ坊主の男がいた。
こいつがここの隊長(w)らしい。
俺は声が大きい奴が苦手だ。
声が大きいのは特技だと思っているのだろう。
いつから声が大きい奴が偉くなったのか?
そんなに良いか?大きい声。
その隊長は声の大きいのがどれだけ良いか、クドクドと語り始めた。
うぜぇ・・・。
「今日は初日だから見てるだけでいい。見て覚えろ。」
と言われたので、隊長の仕事ぶりを見学させてもらった。
だが、素人目に見ても仕事がデキル人には見えなかった。
どうしたよ隊長?声が大きい奴はデキル奴じゃなかったのかよ。
他の隊員を見てみても、教えられた事しか出来ない、自分で考えて判断して動けるやつは一人もいなかった。
自分で判断出来ないからすぐに隊長に頼る。
頼られた隊長は自分はデキルと勘違いする。
だが、隊長の判断は正しいとは思えなかった。
面接でロクに人を見ずに採用している会社だ。
他所ではとても採用されないような人間が集まっているのだろう。
つまり、こういった警備会社は他に行き場のない者たちのセーフティネットになっているのだろう。
警備会社は何を護っているのかと言えば、他に行き場のない落ちこぼれを護っているのだ。
当然、クライアントを護る事なんて出来ない。
自分を護るので精一杯だからだ。
お粗末な仕事ぶりを一日中見て、お腹いっぱいになってしまった俺は、その日のうちに退職してしまったのだった。